信託受益権
「信託受益権」とは、信託した不動産が生み出した経済的利益を受け取る権利のことです。信託とは「特定の人物が、ほかの人物のために、財産を管理したり処分したりすること」をいいます。
信託は、原則として「三者間の契約」となります。
【委託者】信託財産を預ける人
【受託者】信託を預かって具体的に管理する人
【受益者】信託契約による受託者の管理行為によって利益を受ける立場として指定された人
この受益者が持っている権利のことを信託受益権というのです(なお、受益者として委託者が指定された場合、信託契約は二者間契約となります)。
信託受益権の実例
不動産投資に限らず、世間でよく使われている信託受益権の方式を3つご紹介します。
・家族信託
家族信託は、民法で定められた相続の手続きでは実現できない、いわば「オーダーメイド」の形で、逝去後における家族間の資産承継を行えるという点で、近年注目されています。家族信託においては、死亡を条件に資産を家族へ渡したい人が「委託者」で、家族信託関係を管理する信託銀行などが「受託者」です。そして、委託者から資産を受け取る立場の家族が「受益者」であり、信託受益権を持ちます。
・エスクロー信託
エスクロー信託は「エスクローサービス」、あるいは単に「エスクロー」と呼ぶ場合もあります。例えば、毎月代金を前払いする継続的な契約(不動産賃貸契約や語学学校など)がある場合、サービス提供者の側が経営破綻などを理由に、料金を受け取ったままサービスを提供しないおそれがある場合、その間を取り持ち、顧客の代金をいったん預かって、サービス提供が確認されたあとにサービス提供者に支払われる三者間契約です。
インターネット上のCtoC契約(個人売買やクラウドソーシングなど)で、お互いに素性がわからず「ちゃんと商品やサービスを提供してくれるか」「ちゃんと代金を払ってくれるか」など、確かな同時履行が行われるか懸念がある場合に、契約の場を提供するプラットフォーム業者がいったん代金を預かり、「代金が確かに支払われていること」や「商品やサービスが満足に提供されなければ返金されること」などを保証することがあります。この場合は、代金を受け取る立場のサービス提供者や売主が信託受益権を持ちます。
・投資信託
投資信託は、多数の依頼者から資金を預かり、金融機関が株式や不動産などを大規模に運用して、得られた利潤の一部を依頼者に還元する契約です。この場合の信託は二者間契約であり、資金を預ける依頼者が「委託者」で、資金を運用する金融機関が「受託者」、そして依頼者が「受益者」も兼ねており、信託受益権を持ちます。このような受益者が自分の利益のために信託を行う二者間信託契約を、「自益信託」と呼ぶことがあります。
2種類の信託受益権
信託受益権は、2種類の権利で構成されています。
・受益債権
受益債権は、信託によって受け取るべき利益があるとき、それを受益者が受託者に対して請求できる権利です。つまり、受益者は単なる受け身の立場ではなく、信託で受け取るべきものについて受託者の不履行があれば、積極的に請求できるということです。信託財産が不動産であるときは、賃貸収益(不動産賃料収入から賃貸管理費用を差し引いた額)や、売却利益(売却収入から売却に要した諸経費を差し引いた額)などが対象となります。信託契約が終了したとき、信託財産そのものを引き渡すよう請求する権利も含まれています。
・受託者に対する作為請求権
受益債権を確保する前提として、受託者が信託の実行を妨害しかねないときには、その妨害の排除を求めることができます。受益者には、受託者がその権限を逸脱して行った法律行為(信託違反行為)を差し止めたり、取り消したりする権利があります。
また、受託者に対する作為請求権は、信託の変更や受託者の解任を裁判所に申し立てる権利なども含まれます。もし、信託財産に対して違法な強制執行が行われたとき、異議を申し立てる権利を設定することも可能です(なお、信託契約の締結に際して、予め委託者から受託者に対し、信託財産の損失を補填するよう請求する権利を設定することができます)。
信託受益権は、他者に譲ることができる
受益者が持っている信託受益権は、他人に譲渡することができます。無償で譲渡すれば贈与、有償で譲渡すれば売買です。受益者は、信託受益権を他人に譲渡するとき、受託者や委託者に許可を取らずに行っても、その譲渡は旧受益者と新受益者とのあいだで、法的に有効となります。
ただし、信託受益権の譲渡について、受託者などの第三者からクレームがついた場合は、その譲渡があったことを主張できなく(対抗できなく)なります。信託受益権を譲渡した旧受益者から受託者へ「通知」が行われるか、受託者から旧受益者への「承諾」が行われ、その通知や承諾が「確定日付ある証書」によってなされなければ、信託受益権の譲渡について、受託者らに対抗することはできないのです。
確定日付がある証書とは、この場合、旧受益者と新受益者とが連名で、受託者に向けて「譲渡承諾依頼書」を出し、受託者から押印がある「譲渡承諾書」を受け取り、それを公証人役場に持ち込んで確定日付を取得する流れとなります。なお、特約によって信託受益権の譲渡を禁止することもできます。
受益者がみずから、信託受益権を行使するのが困難な事情があるとき
受益者には、基本的に権利しかなく、義務は課されないのが原則です。しかし、すでに述べたように、信託受益権を確実に実現するため、受益が妨げられそうな行為について、積極的な差し止めや取消しなどがなされる必要があります。つまり、信託受益権は何もしなくても満足に受けられるとは限らず、しかるべきタイミングで、しかるべき請求をしなければならないのです。
受益者について、そのような請求が難しい、あるいはできない事情がある場合には、以下のような人が請求を代行したり、サポートしたりすることがあります。
・受益者代理人
受益者の信託受益権を、受益者の利益になるように行使することができる立場の人を受益者代理人といいます。受益者に代わって裁判を起こすこともできるなど、権限の範囲は広くなっています。認知症の高齢者など、受益者本人が的確な意思表示をできない事情があるときや、受益者の人数が多かったり、順次入れ替わったりするために、意思決定のまとめ役が求められる場合などに選任されます。ただし、信託行為がなされる時点で、事前に選任しておかなければなりません。
・信託監督人
受益者が幼かったり、判断能力が著しく低下した高齢者や障害者であったりする場合に、受益者の信託受益権が確実に実現されるよう、受託者の行動を見張り続け、不適切な行為があれば、催告や異議などを申し立てる権限を持つ人を信託監督人といいます。
・信託管理人
受益者として指定されているのが、誕生するまえの胎児である場合など、将来受益者になりうる人(現在は、まだ法的に存在していない受益者)に代わって、信託受益権などの権利を行使できる立場の人を信託管理人といいます。
信託の登記
不動産を信託した場合は、委託者から受託者に所有権が移転した旨の登記を、法務局に申請することになります。
信託登記がなされるとき、法務局では「信託目録」が作成され、委託者、受託者、受益者の氏名や住所などが記されます。また、信託受益権の譲渡がなされたときは、信託目録に書かれた受益者の氏名を変更することになります。
ただし、信託目録での受益者の書き換えで、譲渡を主張できるわけではありません。あくまでも、確定日付がある証書に基づく、受託者への「通知」もしくは受託者からの「承諾」が求められます。
資産の流動化
これまで不動産投資をする場合、売主から土地や建物の所有権を購入するのが一般的でした。しかし、不動産は有価証券と比べて流動性が低く、購入する際には元手が必要であり、管理運用の手間がかかるなど、数ある投資方法の中でもハードルの高いものとなっていました。
そこで、近年増加しているのが「資産の流動化」です。不動産そのものではなく、不動産が生み出す利益を受け取りやすい信託受益権にして売買するというもので、Jリート投資信託や不動産投資ファンドなどで行われている不動産取引の多くは、この方法が採用されています。少ない資金で不動産投資に参入できることから急速な発展を遂げており、現在では不動産売買における主要商品となっています。
不動産の所有や賃貸運用が目的ではなく、あくまで投資手段として考えている場合、資産の流動化は極めて合理的な方法です。信託後は所有権が受託者(信託銀行など)に帰属すしますので、マンションやアパートの管理なども一括して任せることができます。信託受益権を持つ受益者は基本的に管理運用をすることなく、配当を受け取れます。株式投資における株主をイメージすればわかりやすいかもしれません。
信託受益権そのもののメリットとは?
不動産そのものではなく信託受益権のメリットは、「節税効果がある」という点が挙げられます。 管理会社に委託をすれば物件の管理運用を任せることができますが、所有権は個人にあるので、不動産を贈与する際には 不動産取得税が発生します。一方、資産の流動化をしている場合、信託受益権を移転したとしても、所有権は受託者(信託銀行など)のままなので不動産取得税は発生しません。また、土地の所有権がある場合は「売買による所有権の移転登記」(登録免許税の税率は不動産価額の1,000分の20。ただし、2017年3月31日までに登記を受けた場合の税率は1,000分の15)が必要となりますが、信託している場合は「所有権の信託の登記」(同1,000分の4。ただし、2017年3月31日までに登記を受けた場合は1,000分の3)となり、かかる税金を軽減することができます。
ただし、信託受益権を持つ受益者は、不動産から生じた利益が得られるのと同時に、実物不動産を所有する際と「ほぼ同等の責任を負う」ことも忘れてはいけません。また、株式投資のように市場の影響を強く受けることも特徴です。運用状況によっては損害を被る可能性もありますので注意してください。