敷引き・解約引き

賃借人が賃貸物件から退去するとき、その部屋に通常の経年劣化で収まる範囲を超えるほどの激しい損傷が見られる場合は、その修繕費用は賃借人が負担します。しかし、賃貸人からの指摘に素直に従って、事後的に修繕費用を支払う賃借人ばかりではありません。退去後に行方をくらました賃借人から、修繕費用を取りそびれないよう、退去後に賃借人に返還する約束で、賃貸人は事前に修繕費用の担保としての金銭を預かることがあります(滞納家賃の埋め合わせに用いる担保としての性質もあります)。

その際、事前に賃借人から「敷金」という名目で担保を預かっていた場合、退去後、敷金から修繕費用を差し引いて返還することを「敷引き」といいます。また、シェアハウスやゲストハウスなどに多いケースとなりますが、保証金などの名目で担保を預かっていた場合、退去後、保証金から修繕費用を差し引いて返還することを保証金の「解約引き」といいます。敷引きと解約引きは、呼び方は異なりますが、実質的に両者は同じです。

普通に住んでいれば当たり前に損耗される分は、敷金から差し引けない

賃貸借契約とは、賃貸人が賃借人に物件を使用させる代わりに、賃借人が賃貸人に家賃を支払う約束をいいます。つまり、物件を使用していて部屋が少しずつ色あせたり傷付いたりする分は、賃借人に補修費を負担させてはいけません。賃貸人が毎月受け取っている家賃の中から、費用を捻出して補修しなければならないのです。通常の損耗分を超える規模の修理が必要になって、初めて敷金が使われるということになります。


「敷引き特約」「解約引き特約」は、消費者法の観点から適切なのか?

賃貸人による敷引きや解約引きは、当然にできるものではなく、物件の賃貸借契約書に特約として盛り込んでおかなければ、効力は発生しません。

しかも、国土交通省の統計データ(2010年「社会資本整備審議会 住宅宅地分科会 民間賃貸住宅部会『最終とりまとめ』参考資料」)によれば、関西・北海道・九州では、敷引きが行われている物件の割合が比較的高く、関東・中京地方では、敷引きがあまり行われない傾向が見られます。つまり、地方によって扱いがまちまちなのです。

敷引き特約は、賃借人が信頼関係を破壊する物件損傷や家賃滞納を行うリスクを織り込み、担保となる金銭を賃貸人に納めさせることを条件に契約を結ぶものです。こちらは、消費者契約法10条1項が定める「消費者の権利を制限し、又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項」に該当し、無効となる可能性があることが問題とされています。賃貸人は賃貸借契約を多く結んでいるプロフェッショナルで、賃借人の多くは一般生活者であるため、「賃借人の自由意思を押さえ付ける」「必要な情報をあえて伝えない」などして、賃貸人にとって有利な契約が締結されやすい環境が広がっているからです。

ちなみに、最高裁判所が2011年3月24日に下した判決によると、敷引き特約は消費者契約法10条には該当せず、原則として有効であるとしました。ただし、敷引きされる金額が不当に高額で、物件の一般的な経年劣化(通常損耗)による補修代まで賃借人に負担させた実態がある場合は、例外的に無効となりうると判示しています。


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