「フリーレント」とは、入居後の家賃を1~3ヵ月程度無料とする不動産賃貸借契約の形態です。元々は「賃料無料」という意味ですから、無料となる期間に決まりはありませんが、実際は入居開始から数ヵ月間の賃料を限定的に無料とする扱いの物件のことをいいます。
マンションなどを借りる人にとって、「敷金」「礼金」「転居費用」「保証金」など、初期費用は大きなハードルです。さらに、入居時に初月の家賃を前払いする条件が設定されている部屋も存在します。いずれにしろ、新しい部屋への転居には、大きな金銭的負担が賃借人にかかることは間違いありません。この問題を解決するために考えられたのがフリーレントの物件です。転居の際の初期費用を圧縮できることから賃借人の負担が軽減され、不動産のオーナーにとっては入居者を確保しやすいというメリットがあります。
貸借人が新しく住む物件の入居契約を結ぶときに、現在暮らしている物件の契約が切れていない場合(退去の数ヵ月前に大家に告知義務がある)は、新旧双方の大家に賃料を支払うことになります。フリーレントは、この「二重払い」を避けるために導入されたしくみともいわれますが、現在では、新たな入居者を呼び込むために設定されることが多くなりました。
自身が保有する収益物件
にフリーレント期間を設けることは、本来得られる家賃収入を放棄するということです。入居率
を上げる以外のメリットがない場合、安易に設定すべきではないでしょう。
ザイマックス不動産総合研究所の調べによると、2012年第2四半期に9.27%あった空室率 が2016年第4四半期に3.85%まで低下、都内オフィスビルは逼迫(ひっぱく)した状況が続いています。一方、2ヵ月以上のフリーレント付与率は2016年第1四半期の60%をピークに、緩やかな減少傾向を示しています。また、6ヵ月以上のフリーレント付与率は、2016年第1四半期には35.2%ありましたが、第4四半期には23.2%まで低下。さらに、全契約におけるフリーレント平均月数は2.8ヵ月、フリーレントありの契約の平均月数は4.2ヵ月と、こちらも減少に転じましたが、減少率はそれぞれ0.3ヵ月、0.5ヵ月と少なく、需要の増加に比べて緩やかな動きとなっています。
フリーレント付与率と期間はやや減少しましたが、23区のオフィスビルの実質的な賃料は低下傾向にあるといえるでしょう。経営体力のある大手のビル経営会社はともかく、中小企業や個人による不動産投資において、6ヵ月以上の長期フリーレントを無理に設定すれば、経営が破綻するリスクが高まりますので注意が必要です。
フリーレントによる貸主(オーナー) のメリットは、次の3点が挙げられます。
不動産投資家にとって、長期にわたる空室は大きな損失です。そのため、フリーレントによって多少の損失が出たとしても、早いうちに空室を埋めたほうが損失を少なく抑えられる可能性があります。なお、入居者を見つけやすくする方法としては、「賃料の値下げ」「敷金の減免」なども考えられます。しかし、一室だけ賃料を値下げした場合、ほかの入居者の不満や値下げ要求などにつながる可能性があります。
また、不動産投資においては、物件を売却することも念頭に置く必要があります。この場合、利回りの大きい物件ほど売りやすく、売却益も大きくなると考えられます。賃料を値下げした場合、年間の家賃収入の減少に伴って利回りが低下し、物件の評価にも影響を及ぼすでしょう。しかし、フリーレントは賃料そのものには影響を与えませんから、利回りが低下することはありません。
フリーレントは空室対策の効果が高く、不動産の資産価値を下げないために役立ちます。もちろん、空室がすぐに埋まってしまう人気物件であれば、フリーレントを設定する必要はありません。しかし、空室リスクの心配がある物件は、適切なフリーレント期間を設定することによって、十分なメリットが期待できるでしょう。
ただし、フリーレント期間終了後、早々に退去してしまう入居者への対策は必要です。フリーレントによって減少した「家賃収入の償却に何ヵ月必要か」を試算し、その期間未満で退去する場合は「高めの違約金を請求できる」ようにしましょう。
入居希望者が多い人気の街では、似たような条件のフリーレント物件が競合することがあります。ライバルが多いとせっかく設定したフリーレントが目立ちませんから、入居が決まるまでの空室期間が長くなりがちです。
このような場合は、ライバル物件にはない別の「差別化戦略」を講じるといいでしょう。
・レントホリデー
賃貸借の契約期間中、毎年1~2ヵ月程度の賃料を無料とする特約です。おもにオフィスビルで行われるもので、長期間の入居や契約更新を促す効果があるといわれています。とはいえ、半永久的にレントホリデーを設定するのはリスクがありますので、「契約当初の数年間」をレントホリデー対象と設定することが一般的です。
・傾斜家賃(段階賃料)
契約当初は比較的安い家賃を設定、契約期間が経過するごとに徐々に値上げ、最終的にほかの入居者と同水準の家賃となる方法です。フリーレント期間を設定せずに「お得感」を押し出したい物件をアピールする有効な手段といえるでしょう。
家賃の賃料収入においては、オーナーが個人事業主であれば所得税、会社組織等であれば法人税が課税されるわけですが、フリーレントの期間中は賃借人から賃料収入を受け取っていません。よって、これらの課税対象になるのかどうかが問題となります。
法人税基本通達2-1-29は、「資産の賃貸借契約に基づいて支払を受ける使用料等の額は、前受けに係る額を除き、当該契約または慣習によりその支払を受けるべき日の事業年度の益金の額に算入する」と規定しています。
これをそのまま読むと、フリーレント期間中は「使用料」が発生していないので、フリーレント後の賃料支払いを受けた時期に収益を計上するように思われます。しかし、この通達は「定期的に支払いを受ける賃料」を前提としているもので、フリーレントのことは考慮されていません。そこで、「当該契約または慣習」との記載に着目し、フリーレントの契約内容を個別に検討していくことになります。
フリーレントには、大きく分けて「解約可能型」と「解約不能型」の2種類があります。解約不能型は、賃借人に賃料の無料期間というメリットを享受させる代わりに、契約期間中の解約を認めない(どうしても解約する場合は、契約残存期間の賃料に相当する高額の違約金を支払う)フリーレント形態をいいます。
従来は解約不能型のフリーレントが一般的でした。ただ、賃貸人が数ヵ月間のフリーレント期間を設定する代わりに、数年間解約不能にすることで賃借人を契約上において拘束することは、バランスをなくしているという指摘もあります。消費者保護の観点、特に消費者契約法10条(消費者の利益を一方的に害する契約の無効)の精神を重く見て、解約を可能にするフリーレントも増えています。ただ、フリーレントの期間が過ぎた直後に解約されると、賃貸人が一方的な不利益を被ることから、解約に賃料数ヵ月分の違約金が設定されていることが一般的です。
これらの契約形態を前提に、フリーレント期間の物件オーナーに対する課税を検討します。もし、解約不能型のフリーレントであれば、違約金も含めて想定したとき、契約が成立した時点で契約期間中の賃料収入が実質的に確定しているといえます。
そして、フリーレント期間と賃料設定期間は一体として賃貸借契約を構成しているととらえることになります。よって、契約期間を通じて支払われる賃料総額を、フリーレント期間を含む契約期間全体で按分して収益計上します。
一方で、解約可能型のフリーレントであれば、たとえ解約時の違約金を設定しても比較的少額となるため、契約成立時点で契約期間中の賃料収入が確定しているとはいえません。違約金部分に限っては収益が確定しているようにも思えますが、(原則として)中途解約が行われていない段階で違約金を受領する権利が発生するとは想定できないため、違約金を収益として計上する必要はありません。
よって、フリーレントは賃料の値引き、あるいは賃料免除として扱うべきです。つまり、解約可能型のフリーレント期間は収益計上をする必要がなく、期間経過後に実際に受け取る賃料収入を収益として計上することになります。
もっとも、フリーレントの契約内容は千差万別で、商慣習の地域差もあるため、契約書に記された条文を精査しなければ、課税について確定的な判断はできないでしょう。